人間は常に学び続けていく必要がある。

人間は常に学び続けていく必要がある。
得意分野が何で苦手なものは何かを知ることも学びの中の収穫である。
私自身、得意分野は好奇心が湧くもの全部であるし苦手なものは好奇心が湧かないもの全部であると理解するまでには長い時間がかかった。
人々はよほど鈍いヤツだと思うだろうが私はこれでも満足している。逆に長い時間をかけてきたことに誇りすら感じている。
自分がやりたいことをやる以上、好奇心がなければ飽きるのが私の性格である。いつまでも続く好奇心が湧くもの全部が自分の得意分野につながるのである。
哲学、心理学、経済学、数学、教育学、社会学、物理学、化学、医学、情報学、経営学などありとあらゆる分野に関心がある。
学問は無為に学んでも血肉とはならない。
この学びが苦痛と感じて放り出すか否かで好奇心の持続が左右される。
事実、実学とは無縁なオカルト、陰謀論などにも恐らく世間一般の人よりは詳しい。
だが、常に意識していることは必ず自分より詳しい人がいるということである。
目指すならばその道のプロを目指すべきだが、まずはプロという意味を考える必要がある。
生活に直結する知識、経験はあらゆる物事で生かすことができる。
墨田区 中古マンションでの日常生活に必要な知識、経験は否応なく学び覚え続けておかなければならない。
プロとは自分の専門分野に対して、そうした日常生活に必要な知識、経験のようなレベルで新たな発見や改善をしていく人である。
そのため、誰よりも専門分野には詳しいという自負と客観的に見て専門家と見られなければならない。
それは、教育者だけではなく、ありとあらゆる分野の働く人々に当てはまる。
企業の非正規労働者もその企業の看板を背負う以上は正社員のように責任がある。いわば、プロフェッショナルに近づく必要がある。
非正規は永遠に非正規ならば、起業することだ。
非正規という立場の人間が起業すると非正規ではない正社員を雇い生活保障を与えることで社会に貢献し成長の糧にできるはずである。
雇用をしない会社が悪い会社とは言わないが、1人でも赤の他人を雇い経営を回している会社の方が社会貢献度が高いのは間違いない。
企業の存続は生半可な気持ちではできない。
時間の速さが昔よりも速い時代である。
その速い時間で意志決定をして、次のプロジェクトを発足し新たな成長を続けなければならない。
学び、聴き、伝えることはすでに当たり前の時代であり現在では人々の日常のあらゆるものがマーケティング対象になる。
インターネット時代、モバイルからデータとあらゆるものがミクロになる。
人々の考えもミクロなデータとして分析される。
今日歩いた場所、買い物をした場所、話した人、会った人などもデータ化されれば分析されていく。
ますます私たちは自分自身への危機管理が必要になる。
便利な時代には便利な時代の悩みがある。
悩み事があるということは、そこにニーズがあるということである。
文明の進歩には誰かが誰かの悩みを解決したいという思いから始まっている。
その誰かとは自分自身でもあるし、好きな人であるかもしれない。また、恩人のためであったり家族のためであったりするかもしれない。
悩み事がなくなる時代には人々の好奇心もなくなると思う。そうすると、文明の進歩が止まり、未来の生物が博物館に「人間、一時期地球を支配したつもりになった哺乳類の生物。卓越した知能と協調性で文明を発達させてきたが悩むことがなくなり最終的に絶滅した」という解説が付く。