普通はこんなもんだろう

夕方からの取材に備えて、まずは切らしていた個人名刺を増刷に中野ブロードウェイ3階の「コマーシャルスポット」へ。1時間で出来上がるというので、その時間を利用して食事。この時間、中野で食事となると…やっぱり「とらじ」だな。カルビ定食670円也は、やっぱり素晴らしい。一人で食うのは寂しいけれど、まあ、普通はこんなもんだろう、

ICレコーダー用の乾電池、取材用ノート、ボールペンを買ってエクセルシオールで準備。14:30に名刺を入手し、その足でJR御徒町駅へ。実は、待ち合わせ場所は「新御徒町」のジョナサンなのだが、上野御徒町と新御徒町を間違えて認識していたため、地下鉄で一駅分以上歩かねばならないことになってしまう。最初から大江戸線でくりゃよかった。

取材は17:00。アイドル系美人編集者Nとの待ち合わせは16:30なのだが、ついたのは16:00ちょいすぎ。マンション大崎は駅から近くていいですね。(*”ー”*)フフッ♪まずは一人でお茶を飲んで時間を潰す。ほどなく、N瀬が現れ、約束の時間ぴったりに、取材相手が登場。

この日、お話をお聞きしたのは『世界一受けたい授業』などでおなじみの歴史研究家の河合敦さん。『なぜ偉人達は教科書から消えたのか』などの著書もある氏に、今の日本史の教科書はこうなってる、という話をきくというのが、この取材の主眼だ。

まだ、原稿にもしていないので内容を書くわけにはいかないが、非常に刺激的で面白い内容だった。

例えば「鎖国」。実は、現在『江戸幕府は鎖国政策をとっていた』と主張する研究者はほとんどいなくなったという。「鎖国」という言葉が登場したのは、19世紀(江戸後期)に入ってから。オランダ語通訳で蘭学者の志筑(しづき)忠雄が1801年、オランダ商館の医師ケンペルの著書『日本誌』の一部を『鎖国論』と名づけて訳したのがきっかけ。この『鎖国』という言葉の持つ強烈でキャッチーな響きが、いままで日本人の意識を縛ってしまっていたのだ。ちなみに、現在の教科書では「いわゆる鎖国」などという、ものすごくファジーな言い回しに変わっているらしい。